反社会的思考のススメ

【反社会的】[形容動詞]社会の道徳や規範から大きく外れているさま。 道徳、常識、法律、そういうものを超えた考え方を勧めたい。…勧めたかった。多分2019年7月は真面目に更新できそうです。

今話題のヒルベルトの無限ホテルに泊まってみた感想を語る 

目次

 

前置き

最近ネットを中心に密かなブームになっている無限ホテルに泊まってみたのでレビューしようと思う。

 

ヒルベルトホテル、通称「無限ホテル」。その名の通り無限に客室があるホテルだ。

 

 

こんな面白そうなホテルは他に無いと泊まることを決意したわけだが、

実際に現場で見てみるとホテルの巨大な電光掲示板が目を引く。

ホテルの外見は側面の四面全てが電光掲示板になっていて、ホテルの名前や値段、あるいはテレビ番組であったり、ホテルと無関係の広告が表示されている。

顧客を別世界に泊まらせるのでホテル自体は1階建てでも構わないはずなのだが実際には10階建て程度の高さの電光掲示板が四面に設置されているのだ。少しばかりの見栄が出たのだろうか、それとも単にホテルを目立たせたいのか。正直ちょっとダサい。

ホテル入り口付近から天を仰ぐと明滅する巨大な文字が目をチカチカさせる。

 

 

内装もよく分からないことになっているのかと思いつつホテルに入ってみると、意外にもホテル内は普通の高級ホテルと呼んで良いものだった。

具体的に言えば、淡く光るシャンデリア、幾何学的模様を描く蔓をあしらった金と赤を基調としたカーペット、とても量産品には見えない複雑な形状をした脚を持つ木彫りのテーブル。

ケチの付けようのない内容だ。

強いて拍子抜けした点を挙げるならば無限ホテルという名前に対してフロント周りに数人しか人が居なかったことであろうか。冷静に考えればホテルに入ったら無限の人だかりが居た——というのはおかしいとは分かるはずではあるがややがっかりしてしまった。不覚。

 

 

 

階段のないホテル

フロントに泊まりたい旨を伝えると、このホテルの概要を説明して貰えた。

 

量子の重ね合わせ——要するに並行世界——を利用して無限の客室数を確保しているらしい。

次元連結システムのちょっとした応用技術、らしいのだが話を聞いてもさっぱり分からなかった。

 疎い私が辛うじて理解できたのは、無限の並行世界から来る客を無限個の客室を用意した世界に一時的に転移し泊まらせ、帰る時に元の世界に戻す、ということぐらいだ。

 

「こちらの鍵に表示している番号がお客様が泊まる部屋になります。」

と、鍵を渡される。いつの間にか話が終わっていたようだ。結局脳内で小難しい話を噛み砕くことはできなかった。

 

「表示している」なる表現をやや怪訝に思ったが、奇妙な形状の鍵を見て疑問が氷解する。

通常、ホテルの鍵は部屋の番号が書かれたプラスチック製の札が付いていて、そこに番号が書かれている。

しかしこのホテルの鍵はプラスチックの代わりに液晶が使われていてそこに番号が書かれているのだ。

液晶を見ると「ー探索中ー」と書かれていて、しばらく待っていると液晶が若干熱くなり「1192」と数字が現れた。

 

なるほど。無限の客室をどのように管理するのかが疑問だったが鍵そのものに思考能力があるらしい。液晶が熱くなったのはその為だろう。CPUでも仕込んであるのだ。無限の部屋を処理するために無限の鍵〈CPU〉を用いるのは合理的だ。

 

「客室へはあちらの移転機をお使いください」

 

私はその移転機〈テレポーター〉に近づく。

どうやら番号をテンキーで指定して飛ぶタイプのようだ。

部屋番号を入力するのだろう。

「1192」という非常に覚えやすい番号だったため、鍵を見るまでもなく入力し、確定ボタンを押す。

 

 

飛ばされた先は赤いカーペットが敷かれた直線の渡り廊下であった。

左右にはホテルの部屋が30ほど並び、最奥には移転機〈テレポーター〉が見える。

このホテルには階段という概念は無いようだ。そう言われれば確かに一階にも階段は無かったような気もする。

 

どうやらここは1171〜1200号室がある渡り廊下のようだ。

通常のホテルなら1171号室は11階、1200号室は12階にあるのだろうが流石は無限ホテル。階数という概念を超越している。

 

 

 

 

 

必ず稼げるとか言い出した突然の来訪者

案の定、と言うべきか意外にも、と言うべきか迷うものの部屋は一般的な高級ホテルそのものだったので、特筆しない。

だが、夜に私を訪ねて来た人には余りに驚かされた。

 

インターホンを鳴らされてドアを開けてみれば、そこには明らかに怯えたような気弱そうな女性が。

そしていきなりこんなことを言い出すのだ、

 

「あの… え…っと…その…マ、マルチ商法に興味はありませんでしょうか!?

——は?

「あ、いや、なんでもないです、さようならっ」

——ああ待って待って。じゃあ興味あるから、待って。

「え!?あ、え、あり、がとうございます。」

 

あまりに突拍子が無さすぎて素で「は?」と言ってしまった。

…そして一周回って彼女が興味深すぎて興味あるとか言ってしまった。

 

普通マルチ商法って友人間でやるものだろう。

やたらパーティーの写真をSNSにアップしてたりするもんだろ。

しかもマルチ商法の名前は伏せるもんだろうに。

 

———

 

部屋の中で話を聞いてみると案外納得のいく話ではあった。

それはここが無限ホテルだからこそなのだ。

 

「なぜマルチ商法が忌避されているかご存知ですか?」

——末端の会員が損をするのが確定してるから、でしょう。

「はい。1億人がマルチ商法を始めたら少なくとも5000万人は損をします。

——でもここには無限人がいる、と。

 

 

聞いたことがある。ギャンブラーの世界にはマーチンゲール法と呼ばれる必勝法が存在すると。

それはルーレットの赤か黒かのような二分の一のギャンブルで使える方法だ。

まず初手で1円を賭ける。ここで勝てば1円の儲け。負ければ1円の損だが、負けたら次は倍の2円を賭ける。

ここで勝てれば通算の儲けは -1+2=1円であり、負ければ 1+2=3円の損。

しかし負けても次は賭け金を倍の4円にして勝てば通算 -1-2+4=1円の得。

このように負ける度賭け金を倍にすれば何回負けても一回の勝ちで全てがひっくり返る。

そう言う戦法である。

 

この戦法は数学的にも証明されていて100%、必ず稼ぐことが出来る。

完璧な戦法だ。

 

…無限に金が必要な点を除いて。

 

この戦法を使える時点で無限に金を持っているのだから必勝法は無意味だ。

 

だが、この発想を逆転させれば?

無限の紙幣ではなく、無限の人間ならば用意できるのでは?

 

 

それが無限リソースにおけるマルチ商法。

このホテルは人が「無限に増え続ける」。

つまり理論上、全ての人間が100%の確率で稼ぐことが出来るのだ。

 

「それで…マルチ商法に参加してくれます…か?」

 

…見知らぬ人間をマルチ商法に誘える度胸が前提、だが。

 

 

 

 

彼女もホテルに滞在中に突然マルチ商法を強引に勧められて参加してしまったらしい。

私は遠慮しておいた。知らない人間に犯罪じみた儲け話が出来るほどの度量はない。

 

 

 

(P.S. 指摘されて気付いたが、商品を受け取らずに金品だけを渡すものはマルチ商法ではなく無限連鎖講というらしい。ご指摘感謝する。 なおこちらは無条件に犯罪らしく、買わなくてよかったと心底安心した。)

変わる部屋番号

夕食の時間だ。

夕食と風呂は移転機〈テレポーター〉に専用のボタンがあるらしい。

 

123

456

789

食0風

 

上記のような位置関係のテンキーになっていた。

あくまで位置関係であって、実際には「食事場」や「風呂」と書いてあるので安心してほしい。

「食事場」のボタンだけ押して確定させると「部屋番号を入力してください」とエラーが出た。

食事をするのに部屋番号が必要なのだろうか。

もしかして食事場も無限個あって11XX号室の人はNo.11の食事場に連れていかれるということか。

部屋番号を入力し、転移した——

 

もはや案の定と言っていいだろう。なんの変哲もない素晴らしい夕食だった。

 

さて帰ろうとした時に事件は起こった。

食事場からテレポートして、自分の部屋の鍵を鍵穴に近づける。

鍵はいわゆるスマートキーで扉に近付くだけで鍵が開く。

が、なんの反応もない。

部屋の鍵が開かないのだ。

 

 

部屋の番号を確認する。1192。

鍵の番号を確認する。 2384。

えっ。

 

思わず二度見する。

部屋の番号を確認する。1192。

鍵の番号を確認する。 2384。

えっ。えっ。

 

 

急いでフロントに確認すると、

「確かに先ほどまでは1192号室でしたが現在は2384号室になっておりますね」

——すみません。意味が分からないのですが。

「受付の時に説明があるはずですが…担当の者が忘れていたようです。申し訳ありません。」

——………。

そう言えば受付で小難しい話をひとしきり受けたような…。ごめんなさい。それ多分聞き流しました。

「当ホテルでは他のお客様を迎え入れるため、時折部屋番号が変わることがございます。」

——と、言いますと。

「当ホテルでは無限の並行世界からお客様を迎え入れております。そのため一度に無限人が当ホテルに泊まりたいと申し出ることがございます。」

——無限の客室があるホテルに無限の客、満室にならないんですか?

「工夫をすれば満室にはなりません。ただ、先程は予想を超えて短時間に何度も無限人のお客様が来られました。なので止むを得ず、空室を作るために一部のお客様の部屋番号が変わったようです。」

——えっと、元の客室に置いてきた荷物は…

「それは新しい部屋の方に転移してあります。ですのでご安心ください。」

——ああはい。……その、部屋の方がもういいんですけど移転する必要がよく分からないのですが…

 「それでしたらあちらのパンフレットにて」

 

 

 

何故か作れる空室

 

今は1192号室、ではなく2384号室に居る。確かに荷物はこちらに全て同じ位置に転移してあるようだ。だが、くしゃくしゃにしたはずのシーツが何故か仕立てた直後のように光り輝いているし、どことなく元の部屋より綺麗な気がする。部屋ごと転移したわけではなさそうだ。

 

なおここに来る際、移送機に2384と入力しようとしたところ、テンキーの下に鍵穴のようなものを見つけ、そこに鍵をかざすと勝手に部屋番号を入力してくれるようだ。

いくらなんでも重要な話を聞き逃しすぎではないだろうか。これまでの入力の手間はなんだったのか。

 

 

 パンフレットを開く。

 何度読んでもよく分からない。

よく分からないが、何故か無限人が部屋を移動すると空き部屋ができるらしい

 

仮に全ての部屋が埋まっているとする。

 

 

  1 2 3 4 5 6 …

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ …

◆…使用中

◇…空室

 

しかし、この状況で全員が一つ上の番号に移動する。

つまり1号室を使っていた人は2号室に、4号室を使っていた人は5号室に移動する。

するとこうなる。

  1 2 3 4 5 6 7 …

  ◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ …

◆…使用中

◇…空室

 

言いたいことは分かる。確かにそれなら1号室は必ず開く。

じゃあその空室は一体どこから出てきた…?

空室があるのならその部屋を初めから使えばいいのでは、と思うが「空室は無い」らしい。

「空室は無い」「全ての部屋が使用中」だが、「空室を作れる」のだそうだ。

 

無限号室が空いているのでは?と思うが、そもそも無限とは概念であって数では無いので無限号室という部屋はなく、具体的で無いから存在しないに等しい、らしい。

 

あるいはこれは有限ではあり得ないことだけど単に無限だとこれが成り立つというだけの話、らしい。

先程から らしいらしい としか言っていないが本当によく分からないのだから仕方がない。

今回の部屋番号変更は番号2倍という措置らしい。1192番が2384番になったのだからわかりやすい。

 

 

  1 2 3 4 5 6 …

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ …

◆…使用中

◇…空室

これが…

 

 

  1 2 3 4 5 6 …

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ …

◆…使用中

◇…空室

こうなる。

 

 

よってこれにより奇数番号の部屋が空き、無限人を収容できるようになる。

らしい。

意味が分からない。

 

家に帰ってパンフを読み込んでも分からないのだからどうしようもない。

 

 

 

…この後、特に事件は起こらず、風呂に入ったり翌日には朝食を食べたりしたが、非常に素晴らしいものだったといっておこう。

 

総じて、このホテルの評価であるが、よく分からない、というのが率直なところだ。

本当にわからない。

むしろただの高級ホテルとして行った方が良いのではないだろうか。

またはウィンチェスター・ミステリー・ホテルと名称を変えるべきではないだろうか。

ただいたずらに私の心を掻き乱されるのはこりごりだ。