このブログ中ですでに何回も使っている定義ではあるが、「善」の意味を定義する。
「善」や「悪」を考える時、注意しなければならないことがある。それは、「善悪」の概念には少なくとも2つの主体が必要である、ということだ。2つの主体、つまり何かをする者(能動側)とされる者(受動側)である。
もしこの世に人間が1人しか居ないのであればそこには善も悪もない事はイメージできるだろう。(ここでは動物は考慮しない)
簡単のために能動側も受動側も1人ずつということにする。
この時行動として6パターン考えられる。
①( 得, 得)能動側が得をし、受動側も得をする
②(大得, 損)能動側が大きく得をし、受動側は小さく損をする
③( 得,大損)能動側が小さく得をし、受動側は大きく損をする
④( 損,大得)能動側が小さく損をし、受動側は大きく得をする
⑤(大損, 得)能動側が大きく損をし、受動側は小さく得をする
⑥( 損, 損)能動側が損をし、受動側も損をする
これらを「善」「悪」「どちらでも無い」に分ける必要がある。
「善」とは善(よ)いことであり、「悪」とは悪いことなので、善はすればするほど状況が善くなり、悪をすればするほど状況は悪くなるはずである。
この意味で①は明白に善であり、⑥も当然悪となる。
ここで甲と乙の2人の人物がいるとする。
すると、甲が乙に②をして乙が甲に②をするとお互いが得をする。よって②によって状況が良くなるので②は善である。
同様に④は善、③⑤は悪である。
即ち①②④が善 ③⑤⑥が悪となる。
つまり全員の損得の合計がプラスならそれは善であると言えるしマイナスならそれは悪ということになる。
なお上の記事より今回における得とは幸福であり損とは不幸のことである。